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No..101 静岡の心の友-2
次にわたしたちがしなければならなかったことはなに? それは二人っきりで会う約束の日を決めることでした。 出会いから約一ヶ月後、約束の段取りを数回のメールでやりとりした後、 2人の再会は、利子さんのお住まいがある静岡。 東京での仕事を済ませた私は「心の同類」が20数年来の活動の拠点としてきた土地に降り立ったのでした。 それは、不思議な感覚でした。 「今まで、運が良ければ富士山を見ることが出来る・・・ それだけであった静岡がまるで懐かしいふるさとのように感じられた・・・」 そういうと一寸話が出来すぎでしょうか? でも確かに、朝から夕方まで連続4コマのグレインマイスター講座の講師を務め、 ふらふらであるはずの私が、意気揚々と改札をとっている図は確かにどこか変でした(笑) 朝早くホテルまで迎えに来てくれた利子さんとホテルに隣接する 浮月楼(徳川慶喜の邸宅跡)の名園を見ながら、まずは30分。 その後、色々と市内を案内されながら、彼女の活動母体で愛する仲間達のいるプラムフィールドに 向かいご挨拶。そして、富士山の裾野やお城の案内を申し出てくれる「利子さん」・・・ 「ありがとう・・・でもわたしは、あなたに会いに来たんだもの・・・」 「そうよね!」 結局気がつけばコーヒーを前に、機関銃トークの真っ最中。 それはまさに、2人が同時にしゃべっているような不思議な時間でした。 どちらかが話をしている間はどちらかが聞いているというのが普通です。 でも、どう考えても、あの魔法のような数時間、 私達は一つしかない時間の流れを同時に使って 2倍のコミュニケーションをしていたとしか言いようがありません。 子どもの頃の闘病生活、そのときに巡り会った運命的な書物の事。 それ以前に、最初の文字との出会いの事。 「美しい挿絵の下にある黒い記号の集まりが意味を持ったときのこと」 「二人がそれぞれの心の中に持っている宝石箱の中には、 同じ色の輝きを放つ物語が詰まっていて、 それらが時折々に鈴のような美しい音色で語りかけてくれていること」 成長するに従って持ちはじめた 「人とは何か?という認識」「いのちへの尊敬の念」 「消えゆく、儚い、小さな命への深い悲しみと心からの思いやり」 「自分たちが生かされていることへの感謝」 社会とのつながりと、 「社会に向ける目」を持ったときのこと・・・・・。 利子さんは、今までの人生において、有りとあらゆる朝をどんな気持ちでむかえてきたか? 今日の朝も、昨日の朝も・・そして、明日の朝をどんな思いで迎えるのか?・・・ それらはごく自然に理解できる・・・あたかも重なり合った体験であるかのように 既に、私の認識には入っていたのでした。 話をしている私達をそばで見ていた人がいたら、きっと、異様な雰囲気であったでしょうね(笑) まさしく、 カーソン著の「Silent Spring」は「沈黙の春」と訳せても、 「Sense of Wonderの方は、決して日本語には訳せないような・・・ そんな不思議な感覚で、お互いの存在しなかった片方の人生を、まるごとそのまま理解してしまったのでした。(続く)